ゆらぎ

「普通」と、言われてしまった。
何が普通なのかわからないけど、きっとその人の過去の経験と照らし合わせてなのだろうが、普通という言葉で私が片付けられてしまったのかと思うと、なんだ、それだけか、あほらしい。と、気が抜けた。
しかも私の態度が「イヤだった」とのこと。
そりゃ仕方ねぇや。それだけか。とはいいつつそれは一番重要か。
感情出されても何も言うことが無いって、「イヤな人」にそんなことされても何も言うことないわな。
悪いことした。気付いてたけど。
気になってたことが、一瞬でどうでもよくなることってあるんですね。
びっくりするくらいどうでもよくなるなんて、なんて面白い。



普通って不思議。
人はみんな違うのに。
自分の経験のパターンに当てはめて判断したものが「普通」なんだろう。
なぜだかみな「自分は正しくて普通」と思って生きてるし。
何が正しくて普通なんだろ。



ま、いいです。
感情のふり幅がでかいほど、見えるものが面白くなるとクソババァが言っていた。
情念と葛藤が、人には必要なんですってよ。
想定外の感情に自分が支配されることが、面白い何かを掴めるきっかけみたいです。
なんか、それはわかる。
感情なんて実体がない観念ですからね。おもしろいに決まっているのです。
身体がワープする瞬間があるし。



現在や存在にこだわりすぎると、一番大事な「ゆらぎ」の部分を見落とすそうで。
多くの人が第6感を失ったのは、そこなんでしょうか。